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「万葉の大和路を歩く会」5月の例会です。「軽の道」といわれるところを歩きますが「軽寺」「軽の社」と万葉にある場所は現存していません。遠い歴史の向こうにあって、今はここだったと示す碑が建てられています。
昔「軽」と呼ばれていたのは、畝傍山の麓あたりから岡寺あたりまでだろうと考えられています。 ![]() 畝傍山の麓に「畝火山口神社(おむねびやまぐちじんじゃ)」があります。 神社の入り口に畝傍の名前を呼んだ万葉歌の碑がありました。 ![]() 思い余り いたもすべなみ 玉だすき わかりにくい歌ですが、先生のお話では「標を結う」というのは、この時代は「取り込んでしまう」とか「自分のものにする」という意味につかわれていたようです。 この歌は、思い余って、どうしようもなくて、彼女を自分のものにした、というような意味らしいのです。万葉の人々は率直です。 畝傍山の東南麓に久米寺があります。久米寺は、聖徳太子の弟来目御子が建立したといわれます。 ![]() ![]() 別に、今昔物語では、久米の仙人は雲の上から女の白いふくらはぎを見て、その女の前に落ちました。その女を妻として生活していましたが、神通力を認められて、天皇から土地を与えられて久米寺を建てました。人間臭い愉快な話です。
中将姫の命日、5月14日に、当麻寺で25菩薩の練供養があります。
寺の本堂を極楽浄土堂に例え、娑婆堂との間に「来迎橋」が作られています。 ![]() 25菩薩様はお浄土から降りてこられ、やがてまたお浄土へと帰って行かれます。曇り空のこの日、きれいな夕日は望むべくもありませんが、それでも読経のなか、菩薩のお練りは、荘厳な気持ちになります。 ![]() 中将姫は、継母の讒言により森に捨てられますが、狩りにきた父親に助けられます。仏門に入った姫は蓮の糸で「當麻寺曼荼羅」を織り上げました。一心に仏門に帰依した姫は、27歳でお浄土に迎えられました。 ご命日のこの日、浄土より25菩薩が姫を迎えに来られ、浄土へ帰って行かれる様子が再現されます。 当麻寺はロマンあふれるお寺です。
「大垣まつり」の山車のカラクリをテレビのニュースでいつも見ていました。名古屋へ用事があったので、今日は大垣へも寄ってみました。
![]() 八幡神社の前で、山車が次々とカラクリを奉納します。 13台の山車はそれぞれテーマに沿って「猩々ヤマ」とか「相生ヤマ」とか名前を付けていますが、その場合ヤマという字は「車」偏に「山」となっています。辞書にはない字です。 ![]() カラクリ人形の動画をたくさん撮りたかったのですが、電池切れとは情けない話です。 猩々ヤマの動画です。 猩々はお酒の好きな動物です。甕の酒を飲みほした後、獅子に変身します。獅子は牡丹の花に戯れて遊びます。獅子に変身した後の動画です。 ![]() 岐阜市の「金神社(こがねじんじゃ)」でヒトツバタゴの花が満開だとの情報がありました。ヒトツバタゴの花はふんわりと雪をかぶったように見えるところから「なんじゃもんじゃ」とも呼ばれています。 この大木と満開の花を見たいと思って、岐阜へ行きました。 ![]() ![]() それに「金神社(こがねじんじゃ)」という名前がいいじゃないですか。 ![]() 岐阜の駅前に織田信長の像がありました。この像も信長らしい派手さのある金ピカです。金(こがね)はあこがれの品ですが、そのむき出しの思いをナンジャモンジャの美しい花が和らげてくれたみたいです。
沖縄へ行くことになりました。沖縄へは初めてですが、松山空港から那覇、そして石垣へと乗り継ぎます。
![]() 石垣市の花は「梯梧(でいご)の花」です。市の魚は「グルクン」、蝶は「オオゴマダラ」鳥は「ノグチゲラ」ですが写真はありません。 1852年、中国の労働者がカリフォルニアへ送られる途中、ひどい仕打ちに耐えかねて、石垣島へと逃げました。島の人たちは彼らを世話し、琉球政府も彼らのために尽くしましたが、たくさんの中国人が犠牲になりました。中国政府と石垣市の協力でこの「唐人墓」が作られました。 ![]() ![]() ![]() 人間が人間を差別し憎悪と殺戮がくりかえされることのない人類社会の平和を希いこの地に眠る異国の人々の霊に敬虔な祈りを捧げる 屋良朝苗氏の言葉を刻んだ碑が重く心に残ります。 ![]() マングローブというのは「塩性湿地帯」に成立する森林のことです。今までは木の名前だと思っていました。ここにあるのは「オヒルギ」「ヤエヤマヒルギ」という木です。 ![]() 花は、しっかりと硬くて、プラスチックのような感触です。年中同じような気候で、木々は紅葉しませんが黄色の葉っぱは余分な塩分を蓄えた葉っぱです。水に浮いているのは黄色の葉っぱばかりです。 ![]() 「ヤエヤマヤシ」は石垣島と西表島だけに生息するヤシです。ヤシの木には年輪がなくてタケノコのように皮を剥いでゆきます。横の節目で樹齢を数えます。一年に二度皮が取れます。横筋二本が一年です。 ![]() ヤエヤマヤシの群落の中に「イヌビワ」の木がありました。実は直接に木の幹に付きます。 ![]() 日本最大の「サキシマスオウ」の木です。板状の根っこは見るものを圧倒します。この樹も年輪がなくて板状の根っこの高さで樹齢を知るそうです。ちなみにこの木は樹齢400年と言われています。 ![]() ![]() 木も花も初めて見るものばかりで、名前はほとんどわかりません。普段見るものと形が似ていても、葉っぱも花もしっかりしています。一年中、ハイビスカス、ブーゲンビリアの咲き乱れる島は、明るい太陽と時間が止まってしまった気がします。 ![]() 「クヤマ」という美女を役人が妾にしようとしますが、「身分が違う」とやんわり断って彼女は島の男と結婚します。この誇り高い美女をうたった歌が「安里屋ユンタ」です。クヤマの家は、竹富島にあります。水牛車に乗ってゆっくりと市内を回りました。 西表島から由布島へは、水牛車に乗ってわたります。観光客でない地元の人は、長靴で歩いています。水牛には名前がついていて、我々の車を引いてくれるのは「マイケル」君です。「みんなで「マイケル頑張って!」と声をかけますが、マイケルは悠然とマイペースです。水牛使いのおじさんは、三線を引いて「安里屋ユンタ」をうたいみんなで囃子を入れます。「じゅんだらかみゅさまよー」というのは「可愛い娘さんよ」というような意味だそうです。 ![]() 沖縄の海が上から見ると薄い色に見えるのは、底の砂が白いからです。「星砂の浜」の美しさは何物にも代えがたいものです。大切にしなければならないものです。 今度は、波照間島、与那国島へ行ってみたいなあ。
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